ホールド替え後のイベントが終わった。半年に一度のちょっとした遊び?企画?息抜き?。そのことについて書いてみようと思う。
イベントの後のほっと感
そんな大きなイベントをやるわけではない。
ちょっとした、仲のいい内輪で気軽に楽しめるイベント。僕くらいにはそれくらいがちょうどいい。それでも多少は気を揉む。この内容で楽しんでもらえるかな?と、心配になる。仮に失敗したとしても、「テンチョだからしょーがないよね」と言ってもらえる気の良い人たちが参加者だから恐れるようなことでもないのだけれど、楽しんでもらえるか、それとも楽しんでもらえないかは、企画側としてはここが一番の重要ポイントだ。
僕のことを知ってもらっている人ならわかってもらえると思うけど、笑ってもらえないならやる意味はないよなーと思ってしまうから、頑張りどころなわけです。
結果、今回のイベントは楽しんでもらえたようなので、「楽しかったです」、「ごちそう様でした」、「こんな楽しいことをやってるなんて知らなかった」、「またやろう」とか、そういう類のコメントは全部褒め言葉としてありがたく受け取っておいています。
ありがとう。
その日の夜は、みんなが帰ったらドスンと椅子に腰を下ろして根っこが生えるくらい座っています。「ぷふぅーっ」と大きく息を吐き、いい時間だったな(僕には)、みんなにもいい時間だったろうか?と目をつむったりして。
後片付けは急ぐことはないと(もともと急げない)、だがしかしテープくらいは剥がそうかと動き出す深夜の時間帯。作業とも呼べないような後片付けをしながら、剥がしたテープを脚立の上からベンチに一人投げたりしながら、”やって良かったな”と、その時にやっと一安心を噛み締めているのかもしれない。
感謝の行動
イベントは感謝の気持ちが行動になったものだなと思う。手間と費用はかかるけど、いつもお世話になっている人たちに返せるタイミングが、ジムだとこれが一番良い。
自分一人ではできないので、手伝ってもらって、頑張ってもらって、楽しんでもらって、みんなでそうするから自分も楽しめるし。
うまく言葉にするのは難しいけども、感謝の行動としてイベントをしているだけで、なぜかそれが終わった後にみんなから感謝されるんだからスギョイ。「いつもお世話になってまーす」っていう感謝が、それに対する感謝で返ってくる。いまいちどういうことか理解できてはいないけど。
では、また今度
何かをやろうとしたとき、”Shall we dance?”と誘う。タイミングが合えば、”Yes, let’s!”と返ってくる。そういうことをずっとやっているのだろう。
この人と踊ったら楽しいだろうな、この人を踊らせたら皆に魅せる踊りをするだろうな、踊り方は異なるけどこの踊りを掛け合わせたらめっちゃ良さそうとか、いろんな魅力的な踊りをする人たちがいるから。
また、”Shall we dance?”と誰かを誘いますので、踊ってもらえれば幸いです。
踊る阿呆と見る阿呆
同じ阿呆なら踊りゃな損々