子どもたちとの肩車


必ずいつかできなくなってしまう肩車。いつの肩車が最後になるのか、それを知らないまま終わってしまうことはきっと寂しいだろうといつも思っていた。子どもたちはまだ肩車を喜んでくれる年齢なので相談してみた、「まだ二人のこと肩車できるかな?」

兄は38キロ、弟は29キロ、忘れないように彼らの体重を指で折って写真を撮る。「まだまだ軽いな!全然イケるな!」と、最後の肩車を先延ばしにできるような台詞を言うのはどこのお父さんも一緒なんじゃないかな。

未来の最後の肩車を意識できるように、「いつか君たちは肩車をさせてくれなくなるからなー。いつまでできるかなー?」と伝えると、二人とも「いつでも肩車していいよ!」と。素直だなと、思う。態度は一丁前な感じを身につけ始める年頃だし、言葉は生意気になるし、どんどんできることが増えて「成長しているな」と会うたびに感じるけれど。まだまだ素直な子どもなんだなと、話していて、こちらに向ける表情を見ていてそう思う。そんな彼らに対して何かを伝えるとき、僕は理屈っぽい、大人の言葉を使って話をしてしまう。彼らの素直さに直面するたびに、大人に向かうように彼らに向かうことを、そうだな、まるで反省のように振り返ることがしばしばある。だいたいそれは、彼らと別れた後に、一人になったときに。

兄は「中学生になったって肩車していいよ」と言っていた。「中学生は俺が無理かもな」と返す。もし本当にそれが叶うことを願って、足腰は強くしておかないといけないな。

この日の肩車の後には「パパをおんぶしてあげる」と兄弟でやっていて、そんなふうな、なんというか書き残せば絵になるような時間だったのです。

”相互信頼 相互尊敬”

彼らを確かな一人の人格として


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